しばらく休止2009年07月08日 00時04分34秒

神戸、南京町にて。

一身上の都合で、とりあえず1ヶ月ほどココを休業します。

14回目:スローペースで完走
いきなりタイムがアップ。前半ムリしたがナンとか完走できたのダ。
記録:21分27秒

復活と反省2009年07月23日 01時53分00秒

事件のあった峠道。

ようやく通院も免除され、ココにも復活できた。報告です。

やってしまった、ケガ。部位は左手のひらダケなのだが、キズが深くて12針も縫うハメになってしまったのダ。6月にはその左手中指の関節付近をを切ってしまったのだが(こちらは家事でね)、今回の事件を暗示していたのか。今度はその比ではない、物理的、精神的にもダメージを受け、周りにも迷惑をかけてしまった...深ぁく反省なのだ。

事件は山中で発生。誰もいない休日に一人で出かけ、2~3m程の沢に転落(足場が崩れたのダ)。流れが緩やかなところだったせいか、川底の岩も丸くはなく、尖った岩に左手をついてしまって(頭部を守るためしかたなかった)、手のひらの中心から親指と人差し指の間にもおよぶ6cm程度の長さ、その傷口は深く歪んでいる。大量に流血するも、ソコは山中。沢で血を流してタオルで止血、この時ほどタオルの有り難さが身にしみた時はなかった。ずぶ濡れ&流血のまま、電車を乗り継いで帰宅したのは約2時間後、早速病院の救急へと赴き、12針の刑の処されたのであった。しかし我ながら2時間弱もよくガマンできたものであると、今更ながらに思うのであった。しかし、頭でも打ってたら...と思うとゾッとするのではあった。

反省点は3つほどある。

行った事のない人の少なそうな山中には行くまい、と、決めていたのだが、そうしてしまった事。自宅から歩き続けて山にも登り、かなりの疲労があったにもかかわらず、『もう少し時間があるから』と、山中へ踏み入れた事。行った事のない山中で道を外れて沢に近づいた事。

ナゼ、3つもそんな事をしてしまったのか、自分でも不思議である。やはり疲れていたのが原因か...魔が差した、ってヤツかもしれないが、悔やんでも悔やみきれないモノである。

今は抜糸も完了。ソコソコくっつき、(手のひらは皮膚が厚いので時間がかかるようだが)表面がキレイになるのを待つダケだ。否、人差し指には違和感が残り、未だ最後までは曲がらないし、少しピリピリとしびれている。まぁ日常生活に差し障りはなく、左手人差し指を酷使するような職人でもないので、あとはどこまで回復するかを待つダケだ...

そんなこんなで、精神的ダメージを引きずる今日この頃、ようやく『悔やんでたってしょうがない』と、ココでのリハビリのため、今日、復活しました...
まだモノを触ると患部は痛いので、プロテクトのためrガーゼをクッションに、自作の指切り軍手...といった有様だ。あと1~2週間くらいはこの状態かも知れない。

療養中のこと2009年07月24日 23時55分41秒

惨劇も、出発は平和だった。。。

療養中の事を記録しておく。

病院にて、案の定、顔見知りに見つかる。しかし、数名いるハズだが、見つかってしまったのは1名のみ。やはり大きい病院では科でテリトリーがあるのであろう。

手を下げるとツライ。まだ抜糸前は血流が患部を圧迫して、手を下げるとドクンドクンとする。立ち姿勢は、手は胸の位置、が基本だ。

指に垢、背中や腕が痒い。抜糸前は指を動かすと患部の手のひらまで痛い。包帯の下に汗もかくのに、指の股は垢がたまる(田舎の小学生じゃあるまい...ナンとか撤去する)、また、シャワーも左手が使えず、右腕や背中をこすり洗いできないため、痒い日々が続く。

昼食はオニギリやパン。食堂のトレイを片手で持つ事ができないのだ。自宅でも、酒類も禁止・片手では食べにくい、も手伝って、2kgほど痩せた!?

指切り軍手作戦。包帯は如何にも怪我っぽいし、扱いにも注意が必要。多少動かせるようになってくると、やはり手袋系がベンリ。いろいろ探したがいいモノはなく、結局、軍手の指先を落として使うのがベストと判断された。患部は滅菌ガーゼをクッションに、軍手でズレをおさえる。こうすれば、案外、自転車には乗れてしまうのだ。

今まで、左手のひらに注目してきたが、肘や膝や足首やくるぶしやつま先も、切り傷・擦り傷・蒼ジミなどがあり、痛い。そーいえば転落した時に岩がくるぶしに落ちてきたなぁ...スローモーションだったけど身体は素早く動けなかったなぁ...と思い出したり。ただし、かなりの距離を歩いた事もあり、キズ以外はどれがその時のモノかわからない。
あと、ひっさに買ってやった無印のクッションソファがいい。寝転んでも肘などをつかなくていいので、そこらじゅうの痛みから開放される。血流を軽くするための左手の位置どりも、ラクなのである。

休業中の出来事2009年07月25日 15時29分57秒

お馴染み妖怪ストリートのパン屋。

ここを休業中(もしくは休業前)の出来事を記しておく。

ひっさ、自転車で走行中にケータイの電池蓋を道端で落とし、ヤツと相方の二人で探索した結果、無事見つかったようだ。その時のひっさの言葉、無くしたのが分かった直後『電池蓋の予備ない?』、見つかった後『蓋が取れてうまく嵌まらないなぁと思いながらポケットに入れた』、の言葉におおいにムカついた。

ひっさ、iPod-nano洗濯事件。先日もワタクシが洗濯直前のズボンのポケットから救出したのに。。。このザマだ。サスガにこれは効いたのか、しばらくおとなしくしている。被害者はしばらく防湿庫に入ってもらう事にした。もし直ったら以前に購入してやったケータイケースに入れて持ち歩くように静かに奨めておき、さてどーするモノか、と、復活する事を祈っていた。ある日の夕方、ひっさから『iPod直った~!!』のメールが...奇跡的に復活でアル(水没はメーカ保証外なのだ)。珍しく今はケータイケースに入っている。確実に寿命は縮んだ事をひっさに告げて、今回の件は終了でアル。

ひっさ、夏季大会直前なのにプールで滑って?足の皮をはがす。水に浸かるとやはりひりひりするようだ。大会前日には部活へ復帰し『200mならナンとか大丈夫カモ』と宣う。自分がやりたい事であれば、かなり気合いが入るよーだが、こーゆーところは感心させられる。ん?みんなそーゆーモノか・・・ザンネン。
で、決死の夏季大会。200m個人メドレー結果は...19人中の16位。まぁタイムは15秒ほど縮めているから大したモノだ。本番はソレっきりだから、全ての体力を使えるからだろーか。府大会にはリレーで出るカモ?という話だ。

相方、道端で転んでヒザをすりむく。ワタクシのケガが連鎖しているよーだ、スマン。

オール電化見積。昨年は、ガスのエコキュートは却下して、エコジョーズに決めたのだが、なんかイマイチインパクトが無くて、ずるずると先延ばししているうちに、給湯器の温度ヒューズが断線。直ったからといって、釜の腐食は止まってはいない。今回はオール電化の検討。費用はエコキュート並みながらも、ガスより電気代がかなり多い我が家には、オール電化のお得度は魅力である。給湯器を置かなければならないスペースと、ライフラインから本当にガスを外してもいいのか、を少し考える事とする。

怪我の事もあるが、その二次災害による仕事の遅れ。不景気により休日作業での取り戻しもできない。折角誘ってもらったキャンプは平日3日間、他に写真係が居るのを確認してお断り...悲し...

職場で異動。5月から居候している(正しくは一時駐在とよぶ)部署への異動、らしい。最近本拠地へ出勤していないので実感がない。一時的な居候なので前職場に仕事やモノやナンやらをいろいろ置いてきているが、ソレらはどーしたモノか...どーゆーこっちゃろ???
なお、既に通い始めている新職場、通勤時間は片道10~15分程プラスで1時間以上かかる。電車を1本多く乗らないとイカン。クソッ...

歩いて惨劇1、清滝まで。2009年07月26日 00時48分10秒

梅雨の合間、花も美しい。

惨劇もタダでは起きない報告である。ジツは『1日でどれくらい歩けるモノなのか』の実験を終了する直前に起こったモノである。

朝、8時過ぎに自宅を出発、とりあえず、2年前にこどもたちと歩いたのとほぼ同じルートをたどってみた。2年前はこどもたちのペースで4時間半かかった。が、ジツは大人の足では2時間半で到着する事が分かった。自宅~妖怪ストリート~御室仁和寺~宇多野~広沢池~鳥居型~清滝、のコースである。
2年前は途中で足の付け根が痛くなったのだが、今回はそーゆー事は一切無し。その要因は...早くても短時間での走行がヨカッタのか、最近週に1度は御所を走っている効果が出てきたのか、の、どちらかと思われる。

梅雨の合間のうっすらと晴れた日、草木や花もしっとりした感じ、紫陽花の花も美しい。宇多野を超えると車も少なく、歩行速度も自然にアップ。ロードサイクルの連中が次から次に追い越していく。歩いている人はほとんど居ない。

清滝トンネルでは、出がけに「サスガに昼間は使わないだろう」とひっさのチャリからパクッたライトが頼もしい。歩きなのでライト無しでもOKなのだが、行き交う車に自分の所在をアピールする絶好の道具となるのだ。バスが通るとトンネルの幅の狭さにひやひやモノだが。
さて、清滝トンネル。この次の日から3週間ほど工事のため通行止めらしい。聞くと、通行止め期間はトンネルの上の険しい坂道をバスは通るのだという。ソレはソレで結構おもしろいカモ。

誰もいない清滝の河原では案外ヒマで、ちょっと水に浸かってオニギリを食べて...僅か1時間の休憩で、高雄山方面へと向かった...ツモリが道を間違えたらしく、愛宕神社のある愛宕山への歩行となった。

 

14回目:こちらも復活、完走
3週間ぶりにもかかわらず、タイムが大幅にアップ、近々の目標の20分も近い。息苦しさが和らいでおり、呼吸も4拍子と3拍子の間を行ったり来たりできるようになった。タバコの量を減らしたためか、タバコの銘柄を1ランクダウン(タールやニコチン量は1/3)したためか。これほどタイムアップすると嬉しいモノである。顔見知りと出会い4組目、こちらから見つける事ができると、コレも結構楽しみになってきている。
記録:20分13秒

歩いて惨劇2、愛宕山方面へ。2009年07月27日 00時58分39秒

愛宕山方面、まだ山道ではない。

さて、清滝の橋付近に戻ると、駐車場のある河原ではバーベキューの家族連れやらで賑わっている。

そんな光景を横目に、とりあえず高雄山方面と思われる方向に向かってみる。車のあまり通らない細い舗装道、両脇には真っ直ぐな木々が美しい。しばらく歩くと、上方向への分かれ道が。たまたま通りかかった人に高雄山方面はどっちかと尋ねると、なんとその方面への分かれ道は行きすぎていたらしい。しばらく考え、上方向への愛宕山へと向かう事にした。

愛宕山と言えば、ひっさも確か小学6年生で遠足に行った地、さほど大変でもないだろうと高をくくっていたのだが...これが、歩けど歩けど人に会わないし(あたりまえだが)上り坂が続く。分かれ道も1つありとにかく上へと向かってみた、時刻はまだ早いので取り返しはできるハズだ。

いい加減不安になってきたところへ、ようやくハイカー一向に出会う。愛宕神社への道を尋ねると、もうすぐ5合目の休憩所だと言う。えっ、まだ5合目にもたどり着いていなかったのか...清滝から山道に入るのにも結構時間がかかったからなぁ...などと思いつつ、さらにその手前に分かれ道があるから左へ行けと言う言葉に従い、どんどん進んでいく。で、ようやく休憩所らしいところにたどり着いた。そこで休憩していた人に、山頂までの道のりを尋ねると、1~1.5時間はかかるという。

このまま違う道を下山すれば、表参道?というトコロに出るらしい(後で調べると軌道のトンネルとかがあって険しいなりに楽しそうだった)。が、ココは『こどもの遠足に負けてたまるか』と心を奮い立たせて、いざ山頂へ!

ほとんど休憩無く、水も尽きそうではあるが。よく確認すると、清滝から(山道と言えど)わずか1時間半、午後1時であったのダ。

 

15回目:足首痛のため、徒歩
昨日は全くナンともなかったのだが...とりあえず歩いてみた。スパートの必要がないのでと、いつもと逆行すると、いつもと違う景色が見える。
記録:40分06秒

歩いて惨劇3、山頂まで。2009年07月28日 00時11分51秒

愛宕神社の狛犬、まだ新しい。

山頂へと向かい始めると、下りてくる人がやけに多い。

きっと、午前中に山を登り、山頂で昼食、で下りてくるのだろう。が、追い越す人はおらず、時折人を追い越している。息は切れ切れながらも順調に山頂に近づいているのかもしれない。しかし、急なところでは、挨拶の声も出せないほどハァハァと息を切らしてしまっている。こんなに切羽詰まったようなハイカーも居ないかも知れない。

7合目付近でも休憩所があり、ここから水尾(柚子の里)・保津峡方面へも下りられるようである。さっさとソコを去ると、ほどなく山門が見えてきた。5合目休憩所から40分経過していた、が、さらに先は長いよーだ。にわかに人が多くなってくる。
...と思ったが、間もなく石段などが現れ、石灯籠の続く神社下の広い平地となった。山頂の愛宕神社にたどり着いたのは、5合目から約1時間後、5合目で入手した情報、1~1.5時間は当たっており、頑張った甲斐があって早めに到着したようだ。

神社で少し撮影、結構立派なモノである。社務所やら神主さんっぽい人もいただ、ココに住んでいるのだろうか?それとも毎日登って通っている??? さぁ平地に下りて予想外の自販機で高額な飲料をむさぼる。水はもう少し残っていたが、コレは下山のための水、大事に育てるのダ。

しかし朝8時から、昼食時以外はほとんど歩きっぱなし、足も着かれている、下山には注意せねば...

歩いて惨劇4、下りからいよいよ。。。2009年07月29日 01時42分24秒

誘う看板。

やはり下りも気をつけねば。

歩き出してしばらく、いきなりコケる。いかんいかん、やはり足に来ている。もう少し足に力を入れて歩かねば。でも下りは早いもので、あっという間に7合目付近の休憩所に。とりあえずこのまま清滝方面へ流れて帰るのは同じ道なので面白くない。右に曲がって柚子の里・水尾方面へと歩を進め、保津峡からJRで帰路に着く事にした。

しかし、この下り坂が難関なのだった。なんせ石ころが多い。で、石ころごと足下をすくわれそうだ(イヤ、実際すくわれてしまう)。ふと横を見ると、何層にも重なってミルフィーユのよう、脆そうな岩盤だ。所々にネットが張り巡らされ、まるで落ち葉の如く平らな石ころが道を敷き詰めている。で、結局、40分ばかりかかって、この難関を下る事ができた。この間に出会ったのは一組だけ、みんな清滝の方に行くのであろう。

水尾、山の斜面に形成された小さな集落である。丁寧な道案内もないのであるが、外には人も歩いていない。ナンとか近所のおっちゃんを見かける事ができたので、保津峡方面へのルートを尋ねる。学校(公園?)を抜けて平地まで出ろ、という事なので、とりあえず少し下ってみた。
しかし、そこでとある看板を発見してしまった...『山道』『米買い道』落合や保津峡方面へと続くらしい。時間は15:30くらい。少ぉし悩んでから、行ってみる事にしたのだった...

民家の脇をぐるっとまわってから続く山道、道も遊歩道のようになっており、先ほどの石ころではなくてしっかりした土で歩きやすい。そこらじゅうに木々が横たわっており、林業関係の道だとわかる。小川にはちゃんと橋がかかっているが、時折大木(倒木?)が横たわっている。行き交う人は皆無で、時折カサカサという葉の擦れ合う音にビビる。さらに、いけどもいけども看板もナシ、「道はしっかりしているが、ココはあまり人の寄りつかないところでは?30分ほど歩いて看板も無かったら引き返そう」と思ったところへ、ちゃんとした『大岩』の看板が...うら寂しい道を仕方なく歩き続けた。

が、なかなかたどり着かない。ようやく中間点へとたどり着いたと思ったのだが、山道に入ってからまだ30分しか経っていない。疲れかうらなのか、寂しさからなのか、時間の経つのがやけに遅いのだ。しかしここからようやく下りだ。意気揚々と進むのであったが...

歩いて惨劇5、おしまい。2009年07月30日 00時58分21秒

下るまではちゃんとした道だった、米買い道。

下りはジグザグで下りていく。

道幅も狭くなり、本格的な山道だ。水尾から歩き出した時とは全く異なる道に唖然とする。もう水がない、少ぉしだけ残して、山に湧き出た『椿の水』で喉をうるおし、さらに下ろうとした。
が、遠くに水の音が聞こえ、そこでついつい道を逸れて沢沿いにちょっと行ってみる事にしたのダ...

~中略~

元の道に戻ってきたときには、びしょ濡れで、ケガをした左手には濡れタオルでぐるぐると止血。足も何カ所か打ったり擦り傷だったり...ここからはもう猛ダッシュで帰路に着いた。長い長い保津峡駅までの道、保津峡駅で自販機がオヤスミだったショック、電車を待ったり停車時間の長い事長い事...タオルも真っ赤だったからかなり怪しいヤツだったであろう...ようやく二条駅で水分補給。地下鉄を乗り継いで帰宅し、カンタンに着替えてから病院へ向かったのであった...

無念...しかし、時刻のせいもあったのか、だぁれも通んなかった、米買い道...

水没、財布・デジ一・ケータイ、しかしカバンの中で濡れも少なく、みぃんな復活! あ、タバコとライターはダメだった...

5夜連続でお送りしたこの惨劇も、コレでおしまい。。。